「寂しい」を乗り越える

先日、ポストに入っていたチラシです。


裏にはさらに、ウォーキングなど、複数の講習の案内が
記載されています。

深く考えずに読むと、ここに行けば楽しみがある、
仲間がいる、と期待したくなります。

ただしここで疑問に感じたのは、
介護の不安の相談に乗りますよ、と言いながら
左上に「平和」「憲法」と引き合いに出すのはなぜか。
なぜ結びつけるのか。

パソコンやスマホをお持ちで、検索できる環境にある場合、
団体と講習内容を調べると、

「行ったら違和感があってやめた」

などのコメントが目に入るので自衛することはできますが、
インターネットを知らない/見ない方々も多いのが現状です。

たとえばご家族、伴侶などを失い、寂しい感情に流されていると、
正しい/正しくない、の判断が鈍くなった隙をついて、
強引な方々に利用されたり搾取される可能性もあります。

「寂しい」感情は誰にでもあるし、誰でも「寂しい」のです。
しかし、その寂しさを人に頼らず、
自分で乗り越えなければいけない場合も多々あります。
寂しさに耐える=耐性を強くする。
人間とは、そういうものだと開き直るのです。

趣味などで仲間が増えるのは、たしかにすばらしい。
その際も、万一、お金や思想の話を持ちかけられたりなど、
少しでも「変だ」と感じたら、
キッパリ断る勇気を持つことです。
それで連絡が取れなくなったところで、
ぜんぜん大丈夫!
と強くなることです。
悪い縁を断ち切れば、良い縁とつながるのは当たり前です。

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