神様が見ている

残念ながら、最近はよく見かける光景です。


過去に運転中に見たのが、白いビニール袋(それも大きめの)
をいきなりドサッと地面に落とした(置いた)人です。
堂々とゴミを捨てる姿に驚き、あきれました。

なぜ平然とゴミを捨てるのか。
それは、拾う方々がいるからです。

他人に依存した生き方ってどうでしょうか。
その一方で、共存や平和を声高に叫んでいませんか。

そして先日、地元で訪問した神社で、思わず二度見した掲示です。


なんと、神社で犬の散歩をして、さらに糞尿をそのままにして帰るらしい。
犬や猫を、まるで車などの持ち物のように
ステータスとして所有する方々がいらっしゃいますが、
生き物ですから、人と同じように飲食もすれば排泄もします。
しかし彼らは自分ではトイレも行けず、食べ物を買いに行けません。
飼う、というのはそれらをすべて納得のうえ、
面倒を見るということです。

そんな当たり前のことをご存知ない方々が
実際にいらっしゃいます。
関係者の方々のご苦労に頭が下がります。

さらに報道でご存知の方も多いでしょうが、
神社の賽銭箱で盗難が相次いでいます。
地元の神社ではすでに賽銭箱を取り払うなど工夫しています。


農産物盗難やいわゆる「賽銭泥」は
じっさいに報道されているより多く発生していると実感しました。

自分もそうですが、多くの人々は幼い頃から、
神様(ご先祖様)が見ているから、と
悪いことをしないように自律してきました。
今後もそうです。

そういう教育を受けていない方々のために、
神様に代わって防犯カメラが監視するようになったのは
残念ですが画期的ではあります。

そのカメラの設置に関しても、過去に、
プライバシーの侵害だと妨害した方々がいて、
カメラの設置が遅れました。
犯罪被害者にとってはまぎれもなく、罪深い行為です。

そして、通報すれば誰かが来てくれる、など依存ばかりせず、
自分の身は自分で守る。
大切なものも自分で守る。
忘れかけていることですが、個々が強くなるしかないのです。

コメント